石は 2

               (ギターを弾く娘に)



スープに張った膜のような
月の光が静まれば
夜はどこからどこへ流れていくのだろう?
遠くの草原で
虫が鳴いてるね
もつれた影は角を曲がって
行ってしまったね


かなしくもないのに
かなしいうたばかりしってしまったあなたの
アルペジオ 音の無い弦の軋み
どこかへ行きたいと願うあなたは
悲しみの受容体だけひらいて
一体どこへ行くの?




遠くの草原で
虫が鳴いてるね
「あはれ」と「かなし」
二つの石がそこにあったとして
放り投げられるものと
抱き寄せられるものくらいこの二つは違う




つまり
悲しいというのは
自分から抱き寄せないと使えない
ありふれることなどありえない
とても稀有な感情でありことばであると思えば




あなたが
かなしいうたばかり聴きたがるのは
これから来る未来のための対処法なのだろうか
それらは石ではなくて
手に取れば壊れる水を湛えた脆い器
かなしみにわれをわすれれば
かなしみもわれをわすれる
そんなたぐいの



ありふれたうたで受容体を晦ませて
冷たい石を心に住み着かせないように
自分から抱き寄せる仕草を
何があっても忘れないように




遠い昔
私もどこかに行きたいと思ったことがあった
今私は「どこか」にいて
ここは悲しみのある場所であるというのに
何故だろう
ことばを手にした途端
ことばのない世界に連れていかれる不思議
もつれた影の音の無い足音が
不協和音のように耳底に沈み
夜の迂回する遠い草原に
放り投げられたあはれが鳴くばかりなのは