谷のつく場所

                                                               

見えない小川の氾濫する都下の草原に帰ろうとして都心の環状線に飛び乗ってしまい
出発も到着もないことに呆然としたまま降りあぐねていた日
窓から見た北側の線路の端に沿って崖線はつらなり、西日を浴びてあからさまな境界を形成していた
あまりにも長すぎる夏だったからすべての東京の鉄道(地下鉄さえ)は谷を走っているのだと私は思いたくて




鶯谷茗荷谷指ヶ谷雑司が谷清水谷入谷下谷谷中渋谷富ヶ谷幡ヶ谷千駄ヶ谷
四谷市谷日比谷世田谷阿佐ヶ谷
場所とはなんだろう?分節されたひとりひとりの




開発による盛り土で隠されているけれど、実は東京のあらゆる場所には谷が散在していて
たとえばこの沿線のある駅の北側は、武蔵野台地の端、ほんの数メートルの尾根と谷が幾重にも
折り重なっていて それに人の手が入り 崖は隠れた階段や石垣にカムフラージュされて
迷路のような住宅密集地が形成される
そこを歩けば細い道の端には必ず発砲スチロールケースをプランター代わりにした草花があり
なにも考えずに曲がれば袋小路に行きあたり
いきなり現れる細い石の階段を下りても下りても最後には俯瞰した場所に立っている
それは私の一度も使ったことのない 使いたくても使えないことばによって閉ざされているようで 




どの谷のつく場所からも遠景に高層の白く輝くビルが見える 
それはシビックセンターだったりサンシャインだったり 副都心のビル群だったり
あまりにも見慣れてしまってなんの象徴だか考えたくもない
場所は檻だろうか?果てしなく記号にまで薄められていても漂泊するものを囲う
たとえそのような場所で出会ったとしてもそれが行きずりでないことをどう証明しよう?




電車を降りて大通りに出ると音と熱が氾濫して
空など見上げていられないような息苦しさだった そう暑すぎる夏だったから
間違えてばかりいる私の前で 次の谷に向ってゆるく傾くアスファルトの道の
遠くに何度も逃げ水の現れて