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絵画に遠近法があらわれたとき、それは絵画のみならず
ものの視方 というものに方法をもたらした。
写真が発明されたとき、それは絵画と同様のものとして
眼の文化の支配下に受け入れられ、気付いた者は少なかったが
それは実はまったく異なる偏在する見慣れない視線によって
表現というものにおける認識を解体する可能性があった。


というような文を思い出しました。(「眼の隠喩」ちょっと違うかも)


萩原朔太郎撮影写真集

利根川畔の朔太郎




右 関東大震災直後の旧ニコライ堂
左 大森付近(左から長女 次女 近所の子ども)


二つ少しずれた写真があるのは、双眼レンズの立体写真機で撮ったからで
これをガラス乾板に焼いて電灯などにかざして覗くと、奥行きのある三次元的な風景が見える
そうです。認識する現実とはすこし異なる風景



子ども達はとても明るい顔をしているように見えます。見せたいくらい。