手すさびに折れば匂へる蕗の香のかなしかりけり折れば匂へる       紀野 恵


上の句を序詞のように通り過ぎて、立ち上がる「かなしかりけり」というカ行に出会い
再びの繰り返しによって最初に立ち戻る。
古来から和のもの、食するものであった身近で控えめな蕗という植物を折る と立ち現れる
「かなしかりけり」 であり、
子どもの頃、東京の郊外にも蕗の自生する場所があって、茎は中に空洞が通っていて、
折ると染み出すように水が手を濡らした そんなことまで思い出します。


蕗 という音が意外なほど香るかなしさ でしょうか。
何度も立ち戻らせながら、手すさびに折る悲しさ、 常態を最後に気づかせる
音と意味の響きの技巧的な歌だと思います。