H市


あきらめのように海がひろがって 全ての橋が落ちれば島になるのだ とそのひとは言っていた


遮るもののなにもない三角州の ただ緩慢にくらい水を往復させるだけの川に挟まれた知らない土地まで


川幅ほどのこころの距離を 出かけていき 眺め 引き返す 


それしかできないわたしは 行きあうひとに ただ 「ここは古い街ですね」と言う





その家の 見えない川側の 窓を開け放てば しばらくためらったあとに 圧倒的な密度で流れ込んでくる 水の匂いは  


潮の満ち引きによって 刻々と変わっていって


飽和した沈黙へ  ひややかな布


取り落とす石鹸箱 なにかを刻みはじめて やめる  砥石を探し出して 水で濡らす


流しに小さな波が立つ  わたしだけが音をたてている





(・・・・・はどこからはじまったのでしょう?) 


囁くように語る声に片耳をすませば


やすやすとそちら側にかたむいてしまいそうで


滞留するということ 答を招き寄せるしかない問い


悪い夢におちる寸前のように すこし甘美な


なだらかな丘のような形で 眠っている妹をおこす  


眠っている妹をおこして


(どこに終わりを招き入れればいいのでしょう?)




  • 希薄になればなるほど こころが乗ることもある。 だから鳥が乗り物であると 考えた昔の人はある意味正しい。 遠いどこかに去っていっても 必ずもどってくる鳥 あなたの悲嘆を塒にすることを好む その鳥に わたしが名前をつけてあげる。
  • ここには以前、来たことがある という偽りの記憶のように 夢で風景を重ねて いつしかこの地の住人となってしまう という可能性について。
  • お互いが見えないほどの驟雨の中で どのような答も拒否する問いが 全ての問いを無効にする答と偶然出会ってしまう ような 私が私にしかけるものより もう少しくっきりとした罠を提示して 見せてよ世界。