地図をひらけば 夜は


雨脚が弱まって
やがて止まった その次の日は
見えてしまうものの中の
言えてしまうものだけで
手紙を書けばいいと思いました
けれども そのためには
途方の沖の
どこかのフィヨルド
しまわれている ことばを
探しに行かなければならない



夜に地図をひらいて 
水準点からたどっていく
野のつく地名
谷のつく地名
高低差 風はいつも
等高線を横切って
密から疎へと吹きおろしている
この部屋がまばらな草の岸なら この地図に重ねる 
見えない立体地図の
空に近い場所を 沖と呼びます



行って 探して帰るあいだに
此岸の頁はめくられて
すべては前提から覆されてしまっている
       (どうしてあなたは 眠らないのですか? まるで眠りを重ねるたびに  
        地層が少しずつ なにかを裏切っていくとでもいうかのように)
雲の切れ間に偶然見えた空色は
ナズナの小さな白が風に揺れているように見えたのは
光のつくりだす まやかしだったのかもしれない
見えてしまうものの中の
言えてしまうものは
記号のように希薄になって
それを苦しい と口にしたとしても
それもただのことば 



わたしの手にしたそれは
容れものとしての用をなさない 今日も
中心の破れ目に吹き込む風に 空転した果てに
空からおちてくるものを かならず取りこぼして 
いつもの朝が来る
      (ひたすら 平坦に生き延びていく日々など 実はどこにも
       ないのだけれど)



遅れるというのは どこまで
許されることなのだろうかと思いながら 
ここを離れて 
明日からほんのしばらく川の多い街にいきます
折りたたまれた地図は
机の上に置いていくけれど
地図をひらけば 夜
雨季の騒がしい次の前線に
散逸する雨裂やがけや 境界の遅延のかたち
たとえ これらが日々にのまれても
あるいは未来のどこかでもっとも残酷な旅となって
もどってくるとしても
それでも 空に近い場所を
沖と呼びます