2

                                            雨の環状線


写しとるときはそっと手をのばしながら ゆっくりと目は引いていく それなのにどこま
で引いていってもとらえることのできないものがある ひしめきあって息をころしたこの
箱のなかに 濡れた毛皮のような匂いがして近すぎて見えなかったのでしょうか もっ
とはなれればあるいはもっと時間が経てばあるいは と思いながら距離感はどんどん
曖昧になり、どんな輪郭もむすぶことがないなにかの周りを環状線のようにぐるぐる
と周っている窓に水が流れなにもかもが灰色で 全ての人が注視していたのに けっし
て見えなかったものがあるようなきがして 破綻は明確であり無残なすがたと膨大な
悲哀が溢れんばかりなのにその中心には蜃気楼でもなく平和の成れの果てでもなく欺
瞞の限りでもないシンプルすぎるほどシンプルでだからこそ知ってはならないような
ものが触る人だけが語れることばがあるけれどそれもまた一面にすぎないそんななに
かがとても静かに 



あのとき ひとりの人が「これではまるで」と言ったのでした そこにいたものた
ちはこれに名付けることばを待ちすぎてしまっていたので あまりにもその人を注
視しすぎてしまい 彼は口ごもってしまって沈黙しました そのことばの続きが必
要だったたとえどんな言葉だったとしても もう既に多すぎることばが語られすぎ
てしまってあのときのかたちは消えてしまっている これを一体どう持ち運んでい
けるだろういいえ持ち運びたくないから名付けられなかったのだあれは 濡れた毛
皮のようなものに日々触れる人たちのことを思って一日は暮れて 日常から涙から
悲しみからもっとも遠くてもっとも近い 何もかも無効になりそうななにものもか
すめずに そのまま列車は増水した多摩川を越えて(あるいは近づいて)いく