ゾラの「ナナ」2


「世の中には面白いことを書く人がいるんだね。でもどうやって探したらいいんだろ?」
息子や娘を見ていると、いくらネットが発達しても自分が面白いと思うものをどう探したらいいかという問いはなくならないんじゃないかと思います。
私だって今でも密かに探しています。多分一生探して自分のけ躓いたものの正体もわからずに死んでいくんじゃないかと思います。


とりあえず中学生の私は「出家とその弟子」は放置して、家の中で読めそうな本を物色することにしました。
我家には母の所有する河出の「世界文学全集」があったのです。
一番最初に手にとって生まれて始めて読書をしたような気になったのがゾラの「ナナ」でした。


流石に全集は重くて本好きの友人に貸すわけにはいかなかったので、私はいかに「ナナ」に心惹かれるかを彼女に伝えたいと思ったのですが、果たして何と言ったら
いいものか?自分でもどうして好きなのかが良くわからなかったのです。
「あのね。ナナに付きまとう伯爵がいてね。ナナに奥さんが男と浮気しているって言われて、パリを彷徨って逢引場所の窓の灯りを雨に打たれながらずっと見てるんだ
けどそれが凄くいいんだよ。」
「それでね。ナナは最後に天然痘になって腐って死んじゃうんだけど、そこがまた凄くいい。」
言いながら自分でもちょっと違うなとは思うのですが他に言いようがない。


友人も呆れたかも知れませんが、文庫で買って読んで感想を教えてくれました。「確かに面白いね。でも私は『居酒屋』の方がいい。」
私は中学の途中で公立に転校して高校受験をし、彼女はそのまま上に進学して、この話はそれまでになってしまいました。*1


もう一度「ナナ」を読み返したいと思ったのは、旅行でパリも経由する計画を立てた時です。お世話になった文学全集(「嵐が丘」も「罪と罰」も「ボヴァリー夫人」も
これで読みました)は家を改築する際、いともあっさり捨てられてしまい、私は文庫を買って読んだのですが、今ひとつ昔の感動は蘇らず、途中で読むのをやめてしまい
ました。
「空白時代を抜けて大人になって感覚も変わってしまったのかしら?」と淋しく思う一方で、「これは翻訳者が違うせいかも知れない」とうすうす感じはじめました。
中学時代読んだ細部は忘れてしまっていましたが、私を陶然とさせた最後のキメ台詞がとても普通の訳だったからです。


釈然としないまま出かけたパリは当然のことながらゾラの時代の面影などなく、それでも未練がましく裏道などを一日歩き回って不機嫌になり、付き合わされて不機嫌
になった夫と和食とは思えないような料理を出す日本料理店でくだらないことから一触即発の険悪ムードになりました。
「ここは私の思っていたパリじゃない。この料理が和食とは違うように」くらいなことを私が言い、それがきっかけだったような気がします。
どれくらい険悪だったかというと日本人ではない店主が頼んでもいないお菓子を私達にだけ持ってきたくらい。
それはどぎついピンク色をした羊羹のような形の固いお菓子でした。
「これは何?」と夫に聞くと夫は「わからないけど多分ういろうだと思う。」と答え、私があまりに不機嫌そうだから店主が気をきかせたに違いないと言いました。*2
流石に私も困惑して厨房の方を見ると店主とおぼしき人に満面の笑みで頷かれてしまい、結局二人で黙々とフォークも立たないほど固いそのお菓子と挌闘することにな
りました。
全くゾラのお陰でとんでもないことです。地下鉄でホテルまで帰りましたが、当時売り出していたシャネルのエゴイストの広告が延々と貼ってあって更にうんざりしました。


だらだらと続きます。

*1:彼女とは大人になってひょんなことから再会し、この日記にもちらっと出てきています。「ブログはじめたのよ。」とメールにちょっと書いたら2日後にはここを探し当てて「あんたわかりやすすぎ」とか言う女です。

*2:それまで私達はういろうというものを食べたことがありませんでした。虎屋ういろっておいしいですね。あれは何だったのだろう?海外向け乾燥ういろう?