島のお話


「お父さんは島のお墓に入りたかったのかもしれないけれど
 でも島の人たちはどうかしら?お父さんが思うほど思っているかしら?」



ここ数ヶ月何度も母から聞いたことば
どちらかというと唯物論的な考えの持ち主のように見えて(見せて?)いた父は
自分の墓なんかより残る彼女のことを考えていたわけで



それが母にはたまらないのだと思う
喪失感を分け合うべき長女は全くあてにならない
かといって手を取り合って悲しみに沈むということを
求めているわけでもない
何しろこの娘の「あてにならない冷静さ」は
父親から受け継いだものなのだ



だから母の思いは島にむかう



「あなたは海沿いのバス停で一番先に駆け下りて、1人で白い壁の入り組んだ迷路のような路地を抜けて
 お祖父さん達の待つ家に飛び込んだ途端、大泣きしたものだったわよね。私の実家に帰るって。
 あの時のお祖父さんとお祖母さんは困ったような顔をしていたわ。」



真っ白く照りつける夏の光と
一歩入った広い広い土間の暗闇
私は何度も言ったことを繰り返す



ねえお母さん
あなたは島が苦手でしょう?
島のお墓に入るなんてとんでもないことでしょう?
だからこっちのお墓でいいじゃない
お父さんだってあなたと一緒がいいにきまってる




もう二度と行くことはないその島は
1人で歩いていると「あなたはどこの子ね?」と
ちょっと怖い顔の大人に尋ねられるようなところだった
祖母の縫った新しい浴衣と鼻緒が痛い下駄で
ちらちらする視線とアセチレンランプの光を抜けていく
物悲しい盆踊りのしらべから
遠くに遠くに
それてしまって
誰も私のことは忘れているけれど
踊りの輪に入れたら喜ばれたのだろう
匂いもない波の音もない
黒い海を見に行く
なんだちっとも怖くない
係留されている風景
つまらなくて
ふと見上げれば、
見てしまったことを激しく後悔するような
星でぐちゃぐちゃに穢された空            (一体いつから?)




「星はそりゃあよく見えたでしょうね。夜は真っ暗だし。」
ところであなたは星が好きだったっけ?と
呆れたように母は言う
そうじゃないけど
あの時は星雲の中に間違って島ごと
紛れ込んだみたいだったのにな