白夜
忘却とは失った記憶に仕えること
ことばの残余は声を持たずにただ行くばかり だけど
航空会社のストライキに逢って
白夜の街で一昼夜過ごしたことがあります。
夜10時を過ぎてもほの明るい街に人影はなく
昼も夜も溶けているような街でした。
ほんの僅かなお金は旅行で使い果たしていたし
荷物も空港に留め置かれて着の身着のままの一昼夜でしたが
ここで旅行客の手伝いでもしてあと数日過ごせないものだろうか と思いました。
日本に帰りたくなくて。影のない街に私の影も溶けている気がして。
ある時ある地点からある地点へ向けられた単独のことばの絶対的な一回性の中に
世界の全てが入り込んでいる。
ある種の書物は、蝶の羽ばたきを閉じ込めた箱のようだな と思いました。
それなのに、それはその外側の全てを揺らす。
不意に落ちてくることばに世界を揺らされたい人は
手に取って見ればいいのに と思いました。
あなたの影もきっと入っているから。
- 作者: 井上瑞貴
- 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
- 発売日: 2015/09/22
- メディア: 単行本
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