繁茂する夏草のあいだに黄色い花が揺れる
どこまでも続く造成地と人工島を小さく波が洗うのを眺めたあと
香椎 という駅で乗り換えて 都市の内側に入り込んでいく
私の住む場所よりすこし日暮れが遅く 南から北へ川の通る
湾を抱き込むように広がる街に


その都市の中心近くの地下一階の
行き止まりかと思う地点をさらに折れたところに人を訪ねていって
さらにその店の奥にある喫煙室
行き止まりだと思った柱の向こう側の席で
コーヒーを飲んでいるひとを見つけました


自分が何を話したかは覚えていなくても
話してくれたことは覚えている
自分が何を云ったか 聞き手に教えられることがあること
人を素にしてしまう 質問というものがあること
目の覚めるようなことばをつぶやくひとは しばらくすると
消えてしまいがちであること


人に会うというのはその人の輪郭に触れることかしらね
私は現実のほうにぐいっと歪曲して出かけたつもりでしたが
いつの間にか輪は緩められ見えなくなって
声が落ちてくる


庭に繁茂した蔦の何箇所かをこどもと鋏で切ったら
枯れた中に一筋緑の帯が残ったこと


きっとことばは人の輪郭に打ち寄せる波のようなものかもしれない
そういう 経験をしました


それから足を止めるたびにのびのびとした女の子の足や お年寄り達や
どこにもある袋小路が目に入るのを許しながら
明るさの異なる階を つぎつぎと通り抜け
全ての平面がつながって最後に方向がわからなくなった頃に
夜の底のようなバス乗り場で 路線図の最も奥に帰るひとを見送ったけれど
私は波音を反芻してはそこだけ緑の夏草をたどるように
光りはじめた地名をたどり
いまもたどり続けている気がしています


柩を立て掛けた木の香る場所
丘陵が海辺へと落ちる場所
夢も覚醒もざわめきも静けさも作るものも崩れるものも
どんな風に傷つくことも出来るほど
ずっと昔から自由であるように
波は洗った