雨水の夕


空に うすく水がはられて


と打って
つづけることができない




とおい雲のあいだのひかりのきざはしから
視線をおろすたびに
すこしずつ 地上はあかるんで
街路樹も 鉄塔も 雑居ビルの看板も 外濠の石垣も
人工の谷を橋のうえから見下ろしている人びとの背まで
水を含んで脆く 透き通っていく
あるものがありながら
ゆっくりと見えなくなっていく これは
水の粒子と光の反射による
まぼろしでしょう?
音すら透明な球体に囲まれて揺れている
そうでなければ放心の果てに作り出された
廃墟のようなものでしょう?
なかったものが沈黙を守ったまま
いつのまにかあらわれて
慎重に足を踏み出さなければ
たちまち堕ちてしまう





きのうまでなかった 長いおぼろな夕暮れが
川のように 時間の隙間に


と打ったまま
階段を降りていってそのさ中に立ち
ことばとは別の方向に
一歩踏み出している
慎重に?
いいえ。かまうことはない。
どこまで囚われているかたしかめるため
もしくはより深く
囚われるため