どんな場所からでも架空の線は引ける(かも知れない)と思ったり
ひとりで帰っていけると思えたりしたのは
私は私のおしまいをそれでも持っていると思っていた(かった)からです
ポケットの中の分銅 こんなものと釣り合うものなどなく
モラルにも免罪符にもならないにしても
それでもないよりは
でも依りすぎていたのでしょうか 不可能を安易にいつも持ち歩いて
知るのはいつも誰かの終わり(自分の終わりは認識できない)ということばが
私をどこにも行けなくさせます
ここも秋ですか?少しだけ見慣れない景色の
風も無いのにただ葉ばかりが降り注いで (さみしすぎます)