桜というもの


やなぎさくらもこきまぜて春 の 同心円の夕明かりでした
膝から下の感覚がないまま 樹上の白い闇がいつまでも消えてくれない
白い手を移植しながら殖えてきたものたちが 慌しく去っていくそのなかで
吊り上げられた気配だけが 揺れています 幽かに
解のないもの どれほど巻き戻そうとしてもかなわなくて
春の中空に取り残されたまま 幽かというそれだけで
自分もひとも危うくするもの



それは たとえば同心円のそとがわの
沸立つもの 大量に広がるもの 阻むものと
つめたくわたしを通過して落ちるものが
おなじ名前でよばれるものであるというようなこと
どこかに一部でも避難させようと思ったとたん
そこから終わりはじめてしまう なにかと
抱けばつめたい切先をもって覚醒とともに
地上に落として永遠に眠らせてくれるような なにかが
夕明かりのなか 寄り添うように同居して揺れていることです



静かさというのは音の一種で 音がないのとはちがうのだと
わたしはあなたに言ったでしょうか?
ほんとうは悲しさなんて 名付けなくてもいくらでもそこにある
わたしがわたしを消さないのは わたしがだれかの夢のなかにしかいないからであって
わたしがだれかの記憶を消さないのも それとおなじ理由なら
音という音の吊り上げられた ここは既になにかの回路で
この夕刻を白い雨が音もなく通り過ぎれば わたしははじめからどこにもいなくなり
遠くなることばを見送って 夕暮れの上澄みだけを目でひろってかえり
それをそのままうつしている影がのこるだけです