2013-01-01から1年間の記事一覧
回転扉 反転扉 明るくて寂しい出口のこちらと向こう
ポケットの中の唯一を確かめる仕草で煙草を吸うねあなたは
影の中を小さな影が駈けていき夏の残りをぼんやりさせる
夜の蝉 切れてしまった電球を振れば小さな歯の音がする
新宿区歌坂逢坂霞坂すべては同じ坂だと思う
左岸には大葉子犬蓼蜻蛉草会うときは川を忘れておりぬ
柔らかな線の思い出 封きれば文字のかたちに人の居た頃
炎天に合歓の花咲く悪党は愛されないとなれぬ生き物 ※愛さなければ
蜘蛛の糸ゆるやかにはる 愚かなる修辞法にも朝のくること
この丘から眺める自分は嫌い でもどこまでも雨上がりの世界
扇子を仕舞い一礼をして手妻師は紙に戻れぬ蝶々を連れて
美しい遺棄の記憶をうっすらと浮かべて玉のような赤子は
空よりも納骨堂に降る雪の話を誰かしてくれないか
八月の朝に偶然居合わせたあなたにコップの水と良い日を
訪れを待たない夢の白日にがらんと静まる産業道路
蝉時雨幽かに寄せて図書室の奥に傾く個人史の棚
夕闇にワルツの流れる庭園で重たい花が遅れてひらく
虫の名を答えるときの得意げな顔を見たくて何度も聞いた
柿の木に戻った君が薄い葉で囲うそばから揺れ落ちる雨
視るものは視られる夜の鏡台の裏から不意に手を取る者よ
日ざかりの街 人はみな暗闇を瞼に入れてゆっくり運ぶ
外は夕立 古い毛布にくるまった ああいつからかいない兄弟
獣は帰り 時計は午後の舟となり 小さな叫びを眠らせている
どの貝もらせんを持つしどの村もK氏が宿にたどりつく夜
死者以上であるかのごとく振舞えばただ下がりゆくばかりの水位
ときおりは何かの刑で犬であり私であるかのように連れ立つ
ただ数を数えたくなる 水切りの石を遠くに投げてください
思い出がきれいに澄んでいきそうで草を千切ったあとの爪の香
笹の葉が風を姿に変えていく 何時しか低くなった軒先