2013-01-01から1年間の記事一覧

089:出口(莢)

回転扉 反転扉 明るくて寂しい出口のこちらと向こう

090:唯(莢)

ポケットの中の唯一を確かめる仕草で煙草を吸うねあなたは

086:ぼんやり(莢)

影の中を小さな影が駈けていき夏の残りをぼんやりさせる

085:歯(莢)

夜の蝉 切れてしまった電球を振れば小さな歯の音がする

083:霞(莢)

新宿区歌坂逢坂霞坂すべては同じ坂だと思う

084:左(莢)

左岸には大葉子犬蓼蜻蛉草会うときは川を忘れておりぬ

082:柔(莢)

柔らかな線の思い出 封きれば文字のかたちに人の居た頃

079:悪(莢)

炎天に合歓の花咲く悪党は愛されないとなれぬ生き物 ※愛さなければ

080:修(莢)

蜘蛛の糸ゆるやかにはる 愚かなる修辞法にも朝のくること

081:自分(莢)

この丘から眺める自分は嫌い でもどこまでも雨上がりの世界

078:師(莢)

扇子を仕舞い一礼をして手妻師は紙に戻れぬ蝶々を連れて

077:うっすら(莢)

美しい遺棄の記憶をうっすらと浮かべて玉のような赤子は

076:納(莢)

空よりも納骨堂に降る雪の話を誰かしてくれないか

075:良(莢)

八月の朝に偶然居合わせたあなたにコップの水と良い日を

遠く

072:産(莢)

訪れを待たない夢の白日にがらんと静まる産業道路

073:史(莢)

蝉時雨幽かに寄せて図書室の奥に傾く個人史の棚

074:ワルツ(莢)

夕闇にワルツの流れる庭園で重たい花が遅れてひらく

071:得意(莢)

虫の名を答えるときの得意げな顔を見たくて何度も聞いた

070:柿(莢)

柿の木に戻った君が薄い葉で囲うそばから揺れ落ちる雨

069:視(莢)

視るものは視られる夜の鏡台の裏から不意に手を取る者よ

067:闇(莢)

日ざかりの街 人はみな暗闇を瞼に入れてゆっくり運ぶ

068:兄弟(莢)

外は夕立 古い毛布にくるまった ああいつからかいない兄弟

061:獣(莢)

獣は帰り 時計は午後の舟となり 小さな叫びを眠らせている

062:氏(莢)

どの貝もらせんを持つしどの村もK氏が宿にたどりつく夜

063:以上(莢)

死者以上であるかのごとく振舞えばただ下がりゆくばかりの水位

064:刑(莢)

ときおりは何かの刑で犬であり私であるかのように連れ立つ

065:投(莢)

ただ数を数えたくなる 水切りの石を遠くに投げてください

066:きれい(莢)

思い出がきれいに澄んでいきそうで草を千切ったあとの爪の香

060:何(莢)

笹の葉が風を姿に変えていく 何時しか低くなった軒先